夕食の片付けは俺の役目だった。
あいつが作ったものを、俺はひとつも残さない。 ときどき妙な味のものもあるにはあるが、だからといって「まずく」はない。
旨そうに食べまくる俺を、あいつは微笑んで見つめる。 そして、そんなあいつが俺は・・・
「あっ、ダメ。そのお皿は戸棚の三番目なの。そっちは大皿をしまう場所。」 「いちいち・・・面倒だな。綺麗にしまってあれば、どこだっていいじゃねーか。」 「ダーメ。ちゃんとやって。それから、スプーンとフォークとナイフは、全部別々の仕切りの中に入れてね。この間全部一緒に入れてた。」
結構こうるさい・・・ それもまた、可愛いけどな。
「ん?」 「なあに?どうしたのアリオス。」 「この大皿達・・・ワンポイントの柄がバラバラに置いてあるぜ。一枚一枚ご丁寧に明後日同士に向いてる。」 「それが、どうかした?」 「皿の柄は揃えて入れろ。その方が見た目すっきりする。」 「う〜、やだやだAB型は・・・細かくって。」
(お前に言われたかないぜ。まあ、俺も俺だが。)
アンジェリークは掛け時計に目をやった。
「あ〜!始まっちゃうよ!アリオス、早く早く!!」 「なに事だってんだ。まさか新宇宙が崩壊するってわけでもねーだろ?」
バタバタとあいつはリヴィングに向かう。 お目当てのテレビ番組が始まるんだ。
「へえ。もうだいぶ文明が進化してるんだな。あっちの宇宙と同じテレビが見れる状態だとはな。」 「もしかしてバカにしてる?うちの宇宙は結構頑張ってるんだよ。そりゃあ、陛下の宇宙にはかなわないけど。」 「いやいや、たいしたもんだ。感心感心。」
ブラウン管の向こうでは幸せなドラマが繰り広げられていた。 俺としちゃ、裏番組のハードボイルド刑事ドラマが好みだが。
あいつはヒロインに同化してる。 ヒロインが片思いしている男の鈍感さに腹を立てているかと思えば、ヒロインがひっそり部屋で泣くシーンでは、むろん一緒に泣いてる。 男を巡るライバルからの嫌がらせには、そばにあったクッションを力込めて抱きしめていた。
まさに百面相だ。
(見ててあきない女だな)
CMに入った途端、キッチンへ駆け込んで何をするかと思えば、デカいボウルにごっそりスナック菓子を入れて帰って来た。「始まっちゃう、始まっちゃう〜」とパタパタ・・・
ずっと――― 幸せって奴を俺は知らなかった。
もう捨てたはずの過去の自分の中に、確かにほんのつかの間の「幸せ」はあったが、それは「不幸」と言う名の恋人の死で全てご破算になった。
復讐に生き、滅び、そして―――
あいつが俺を呼び起こし、今―――ここにいる。
何でもない今この時が幸せというものなんだろう。 幸せを知らない俺には、それを比較出来ないが。
惚れた女が隣で、泣いて、笑って・・・ 俺はそれを見守って・・・
ピタ・・・
突然あいつの体温が密着する。
なにか・・・と思ったら、画面はラブシーンに突入していた。 チラリとあいつを見たら、「うっとり」とした顔をしてやがる。
ヒロインは男と想いが通じたらしい。 公園のベンチで男の肩にちょこんと頭を預けている。
(これをやらせろって・・・?まったく・・・)
俺は右腕をあいつの肩に回す。 あいつは自然と俺の肩にもたれてきた。
画面ではヒロインの顔が見えなくなる。 男が唇を奪っているシーンだ。
さっそくあいつは俺に視線を送る。
(しょーもない女だな。女王のくせに。)
そして俺は・・・あいつの思うように・・・
重ねた唇は、慣れ親しんだ柔らかな砂糖菓子。
絡めた指は、二人を繋ぐ優しい鎖。
見つめたあいつの瞳は―――
俺の全て。
あいつが呟く。
―――ずっと一緒にいたいよ、アリオス―――

「あのね、スープはフリージングしてあるから暖めればOKだし。サラダの材料もちゃんとあるから食べてね。それから、お酒はあんまり飲まない事。あと・・・・・」 「毎晩11時にはおやすみコールだろ?わかってるって。」 「うん、正解。良く出来ました。」
単身赴任の旦那のところへ駆けつけたカミさん・・・って、とこだな。
毎日顔を合わせてるっていうのに。
「宮殿をもっと小さく作れば良かった。」 「どうしてだ?」
ぶすくれたあいつが言った。
「歩いて20分もかかるんだもの。同じ敷地なのに・・・。」 「仕方ない。兵隊の社宅棟と女王の私室が隣り合わせじゃ、しゃれになんないぞ。」 「そうだけど・・・」
アルカディアでだけなんてイヤ。 傍にいて欲しい。 傍にいたい。 少しでも少しでも近くに・・・
ラガを退けたあいつとアルカディアで再会した時、あいつは泣いた。 泣いて、泣いて、泣いて・・・
俺は負けちまった。
補佐官のレイチェルは、あのヴィクトールをかり出して、新宇宙王立派遣軍を結成した。 俺は正式に新宇宙へ迎えられ、ヴィクトールの指導の下、数ヶ月の訓練を受け、あちらへ帰還するヴィクトールに隊長という役目を押し付けられたんだ。
だから、俺とあいつは「女王」と「軍の隊長」という関係。宮殿で会っても距離を保つ。
けれど、あいつが未開の地に視察に向かう時は、決してあいつの傍を離れない。 その役目は誰にも譲らない。
俺はあいつを護る為だけに存在する。 あいつが俺を生まれ変わらせた。 だから、あいつがおれの・・・俺を造った神なんだ。
「また2、3日会えないかも知れない。星の巡りの関係でサクリアの放出が忙しくなるし、アリオスはエルンストとG星雲視察でしょ?」 「そうだな。まあ、仕方ないさ。」
こんな風に会える一日は多くない。 まして、普通の恋人のように部屋で過ごす日などは特に。
けれど―――
それでもいい。 お前の空間に俺がいる。
俺はお前のものだから―――

女王の惑星視察―――
ポートに待機している船を前に、側近一同の挨拶が始まる。
「それでは、陛下。充分にお気をつけになって視察されてください。いってらっしゃい。」
補佐官レイチェルが、茶目っ気たっぷりに言った。
「はい、一晩で戻るから、留守はよろしくね。」
乗船する女王は乗り出し口で、足元をおぼつかなくさせた。
「きゃっ!」
けれど何の問題もない。
女王が少々慌て者だという事を熟知している護衛がいるからだ。 彼はそっと女王を支えた。
「陛下、どうぞ足元には気をつけて下さい。」 「ありがとう。隊長さん。」
隊長に支えられた女王は、ほんの少し頬を染めた。
そして二人は船の中へと消えて行く。
彼らは、決して並んでは歩かない。 1歩退いて、銀髪の隊長は続く。
けれど――― 彼は彼女のもの。
そして彼女は―――
彼の全てなのだ。
「You are my everything.」
Fin
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