僕は緑の守護聖マルセル。 人々に豊かさを・・・って説明は、もう君にはいらなかったよね、ふふ。
今、飛空都市は女王試験の真っ只中なんだけど、今度すごい事があるんだよ。 それは・・・ね。
女王候補達の中休みの帰省に、僕とランディとゼフェルがついて行くって事。
今までの通例にはなかった事なんだ。 きっかけは、ある日の定例会なんだけど・・・。

「では来週の日の曜日から火の曜日までを女王候補アンジェリークの、水の曜日から金の曜日をロザリアの帰省日と定めよう。何か異論のあるものはおらぬか?」
ジュリアス様の決定に異論を唱えて、会議を長引かせるなんていう度胸のある人間はあんまりいないから、みんな口々に承諾した。それは、いつもの会議のラストと同じ風景だったんだ。
会議用の書類から目を離したジュリアス様が、ふと一点に目を向けた。 僕はその視線の行く先をゆっくりと辿ってみた。
その先にいる人物達と彼らの漏らした会話・・・
「アンジェのおふくろ、ピリカラピラフがめっちゃ上手いらしいぜ。あいつ帰ったら食べるって俺に自慢してやがった。くぅぅぅ〜。」 「おふくろの味ってやつだ。いいなぁ〜アンジェの家って、なんかこう暖かみのある家なんじゃないかって・・・、想像すると楽しそうだよな。」 「おう、テーブルクロスなんかギンガムチェックってぇの?ああいう照れくさいもの置いてそうだな。家庭的って奴なんだろうな。」 「そうそう、玄関の扉にベルかなんかが引っ掛けてあってドアを開けるとチリンチリンってなりそうだな。」 「言えてるぜ。恥ずかしい可愛らしさだろうが、行ってみてえよな。」
笑ってはいたが、なぜか最後は溜息で終わった、「普段仲の悪いライバル」「アンジェを好き同志」の2人の会話。
僕はまたジュリアス様に視線を戻す。 しかめつらでもない複雑な表情。
(会議の席上でああいう会話をしたのが、お気にめさなかったのかな?)
ちょっと心配な僕の心と、ジュリアス様の視線に気が付かない2人は会話を続ける。
「よお、ランディ。おめぇん家にはあったか?チリンチリン・・・」 「いや、なかったよ。うちはお客さんが任意で呼び鈴を鳴らすって方式だったから。おまえの家はどうだったんだ。」 「俺んちは高層マンションで、エレベータ−が直通で到着しちまうから、んなものなかったぜ。」
(ふふ、僕の家はチリンチリンだよ。でもチリンチリンだけで、良くこんなに会話が続くなあ。仲良くないくせに・・・)
でも、僕もすごく興味がある。アンジェのおうち。 彼女を見ていると目の前に浮かぶようなんだ。暖かで、笑顔が溢れてて絵に描いたような理想の家庭。
ジュリアス様を見てみる。相変わらず不思議な表情だ。でも、2人に怒る気はないらしい。
他の守護聖がもうとっくに退室して行ったにもかかわらず、ゼフェルとランディはまだ会話を続けていた。
「んでな、チリンチリンがよぉ・・・・」 「そうか、チリンチリンはそうだったのか・・・・」
はいはい、どうぞ続けてくださいな。アンジェの家のドアベルの会話を・・・。
そして、その翌日僕達三人はジュリアス様にお呼び出しをされた。
「俺は最近何もしてねーぞ。反省室送りになるのも飽きたからな。」 「俺だってジュリアス様に怒られる覚えはないよ!」
僕たちは、ジュリアス様の執務室で、呼び出しの理由をあれこれ考えあぐねていた。 そして扉が開き、ジュリアス様がアンジェリークを引き連れて部屋に戻って来たのだ。
アンジェリークはいつもにもましてニコニコと笑っていた。何がそんなに楽しいんだろう? そして・・・ジュリアス様の口から飛び出した話の内容は・・・
アンジェの帰省に僕達3人が同行するという事。もちろん宿泊はアンジェの家に近いホテルではあるが、すでにディア様が予約してくれているという事。隠密ではあるが数人のSPが付く事。夜の外出は9時までである事。
どうしてジュリアス様がこんな行事を思いついたのかは定かではなかったが、僕もゼフェルもランディも飛び上がって喜んだ。下界(そと)に堂々と遊びに行ける事。憧れの家庭に遊びに行ける事。ゼフェルとランディに関しては大好きなアンジェと共に過ごせる事(僕もアンジェが大好きなんだけど)。
「皆様に気に入ってもらえるかどうかわからないけど、ママにも連絡したので一緒にいらしてくださいね。」
零れそうな微笑みで僕たちに話し掛けるアンジェを見て、ゼフェルとランディは真っ赤になった。
(2人ともアンジェの事、すごく好きなんだなぁ)
2人のこんな童顔な笑顔を見るのははじめてかも知れない。2人が楽しそうだと僕も楽しいんだ。 アンジェとゼフェルとランディがニコニコと会話する中、僕はジュリアス様に小声で話し掛けられた。
「マルセル、そなたが頼りだぞ。しっかりお目付け役を務めてくれ。ホームステイ感覚で一般家庭の雰囲気を味わうというのも、稀には良いであろう。そなたもあの者達も考えてみれば、家というものが恋しい年齢だろう。第一女王候補との親睦が深まるのは悪い事ではないからな。」
そうなんだ。 ジュリアス様は先日の「チリンチリン会話」の中に、ゼフェルとランディの子供の部分をあからさまに気付いてしまったんだろう。僕はそういうのを全然隠さないけど、大人びて見せようとする傾向が大有りな2人だし、なんだかんだ言ってもジュリアス様はちゃんとそういう所をきちんとみていてくれる。感謝しなくっちゃ・・・ね。
そんな理由で僕たち3人は、アンジェと共に下界(した)へ降りる事になったんだ。

アンジェのパパはスラリとしたなかなかハンサムな男性だった。まだまだ若い男の人っていう感じで・・・。 そして、ママ。 アンジェにうりふたつの少しぽっちゃりした若々しいママ。 「私の名前もアンジェリークなのよ。だからママ・アンジェって呼んでちょうだいな。」 笑顔までアンジェとお揃いだった。
「おいママ、失礼な事を言ってはダメだ。この方達はお若いが・・・しゅ、守護聖様なんだぞ。」 「あらパパ!?何を言うの?一般家庭をご見学するんだから、フランクにお付き合いさせていただきたいわ。ねぇ?いいでしょう?」
ランディが笑って答えた。 「もちろんですよ。お母さんがそう仰ってくれると俺たちも嬉しいですよ。」 「ああ、堅苦しいのは抜きにしようぜ、おふくろさん。」 ゼフェルも一発でママ・アンジェが気に入ったようだ。
残念ながら「チリンチリン」の存在のないドアだったが、案の定家の様々なアクセントに赤いギンガムチェックが散りばめられていた。ゼフェルとランディは顔を合わせてクスクスと笑っている。
「なんですって!!ホテルにお泊りなんて・・・、私はちゃんと皆さんのお部屋の用意もしてあるのよ。もちろん客間もふたつあるから十分泊まれます。」 「でも・・・ご迷惑になっちゃうから。」 「マルセル様、うちは皆さんのお屋敷とは違って広くはないけれど、楽しい家だって事には自信があるの。是非うちへお泊りになってね。」
アンジェを家へ送り届けてから、一度ホテルへチェックインしようと思っていた僕らだけど、ママ・アンジェの言葉に甘えて、そのまま客間に荷物を置くことにしたんだ。 ジャンケンで勝利した僕はひとり部屋。残る二人は二人部屋に・・・。
僕は荷物を置くと、すぐに二人の部屋を覗きに向かった。仲の悪い二人が同室だから、とっても気になる。
二人の寝室へ行くと案の定、
「いいかランディ野郎、てめえいいコちゃんぶっておふくろさんに取り入ろうったって、そうはいかないからな。」 「ゼフェルこそ、抜け駆けはなしだぞ。お前こういう時は信用できないからな。」
「なんだとぉ!!」 「なんだよ!!」
とっさに僕が割って入らなければ、アンジェの家を壊しそうだった勢い。
「ふたりとも!!アンジェは久しぶりの我が家なんだよ。おまけで付いてきた僕らが迷惑かけたら、アンジェが悲しむじゃないか!もう、やめてよね!」
久しぶりの僕のお決まり台詞は、二人を静かにさせる効果があったようだ。 いや、もしかすると「アンジェに迷惑・・・」のくだりが効いたのかも・・・。

「でね・・・、これが幼稚園の時ので、あっ!こっちがスモルニィの初等部に入学した時のアンジェなのよ。可愛いでしょ、こんな可愛い子供ちょっとやそっとじゃいないわよね。」 「お前・・・いい加減にしないか・・・。自分の娘自慢をみなさんにして・・・」 「ほんとよ、ママ。もう止めてよね。恥ずかしいじゃない。」
居間でアルバムを開いて、そう会話するアンジェファミリーだったが、実の所三人とも「ほのぼの」として楽しそうだった。 そして、例の二人は・・・
それぞれに違う時期のアンジェのアルバムを食い入るようにめくっていた。 それはあたかも、新しい研究材料を探す研究者のような必死な形相。 僕は思わず「ぷっ」と吹き出しそうになる。 結局二人とも、アンジェが好きで好きで仕方ないんだね。
夕食の買出しにパパさんとアンジェが出かけた。 僕ら三人はママ・アンジェのお手伝いをする事になったんだ。 もちろんゼフェルとランディは、楽しそうに腕を組んでパパと出かけるアンジェを、指をくわえてもの欲しそうに見送った。
「ママ・アンジェ。僕にお庭の手入れをさせてください。今日は日差しが強いから水まきをした方がよさそうだし。」 「俺は、本棚を創ってやるぜ。親父さんの書斎は誰かさんの書庫みたいに本が山積みだったし、木材も庭にあるみてーだから。」 「俺は屋根のペンキの取れかかったところを塗りますよ。高いところは得意だから。」
「まあ!皆さん優しいのね。それじゃあ、お願いしちゃおうかしら?」
三人ともそれぞれの得意分野だったんで、サクサクと仕事がはかどる。 憧れの家でのこういう作業は、とても楽しい。ゼフェルもランディも生き生きと仕事していた。
「皆様ただいま〜」
出かけた時と同じく、パパさんの腕にしがみ付いて帰宅してきたアンジェ。 ゼフェルとランディが指をくわえて羨ましそうに見ているのが笑えた。
「おいママ!皆様になんて事をさせてるんだ!!」
金髪のパパさんが、僕たちの様子を見て叫んだ。 僕はすかさず答えた。
「パパさん、僕たち嬉しいんです。こういう家庭でこういう事が出来るのが・・・。だから怒らないでください。」 「マルセル様・・・」
「パパ・・・ったら。守護聖様のお仕事を見てから言ってちょうだいね。ほら。」
庭にパパさんを案内したママ・アンジェは、まず僕が刈った樹木を見せた。 「ほぉ〜、こりゃあ、凄い。」 次にシロウトが塗るのが難しい高い位置の屋根が新しいペンキできれいになっているのを確認した。 「うぅぅぅむ、何ともこれは・・・」 そして、完成しかかっているゼフェルの本棚にも驚かされた。
「この短時間でここまでとは・・・皆さんの手際の良さはプロだな。」
腕を組んで感心しているパパさんの様子に、僕たち3人は照れまくっていた。
夕食は豪華だった。
僕たちの好きなものをアンジェから聞いていたママさんは、めいいっぱいにご馳走を考えてくれていたんだ。もちろんピリカラピラフもあったよ。
食卓でパパさんが言う。 「守護聖様方がこんなに気さくで普通の若者だなんて、宇宙中の人間が知らないだろうな。」 「ふふふ、ねっ?パパ。そうでしょう?だから、ここに滞在してらっしゃる間は、普通の男の子みたいに振舞ってもらって・・・、それから私達もそういう風に接しましょうよ。」
僕らも付け足した。 「本当にそうしてください。俺たちに『様』はいりませんよ。」 「いらないっていうか・・・やめてくんないか?俺達今日はアンジェリークの友達って感じで遊びに来てんだから。」
デザートの手を止めたアンジェが言い出す。
「パパはね、本当は息子が欲しかったんだよね?いっきに三人も出来たって感覚で楽しませていただきましょうよ。ねっ?」 「ああ、皆さんが・・・い、いや、ゼフェルとランディとマルセルがそれでいいなら・・・な。」 「はいはい、話がまとまったみたいだわね。それじゃ明日の予定だけどママが決めていいかしら?」
最後の締めくくりにママ・アンジェが発言した。
「みんなでショッピングに行かない?モールにはゲームセンターも映画館も他にも色々あるのよ。」
僕たちは手放しで賛成した。

前途多難な「お出かけ」の第一夜だったけれど、僕たちはアンジェのパパとママが大好きになったんだ。アンジェ目当ての二人でさえ、パパとママを慕い始めたようだよ。明日の2日目はどうなるかな?今夜は、花火が上がるらしいので、皆で今から庭で鑑賞するんだ。
だから、君とはまた明日・・・。
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